人生の宿題

〜世界は何故、科学的に記述できるのか(哲学ノート)〜

宇宙創成 はじめの三分間

「宇宙でもっとも不可解なのは、宇宙が理解可能であることだ」

この言葉は、アインシュタインの残した有名な言葉として伝えられています。ネットで検索してみると、この言葉の出典を調べた人がいて、「Pysics and Reality」(※)(1936)に記述があるようです。

" The most incomprehensible thing about the universe is that it is comprehensible " Physics and Reality (1936)

※「物理学と現実の性質と構造」かな。邦訳は無いようです。

アインシュタインの、「この世界の成り立ちは、科学的につまり合理的に説明できるはずだ」という確信は、終生変わらなかったそうですが、「神はサイコロを振らない」(I, at any rate, am convinced that [God] does not throw dice)と量子力学を嫌ったアインシュタインの思想的なベースともなったのでしょうね。

 

さて、このブログの第1回目ですが、何から書こうかなと思ったのですが、ワインバーグ博士の「宇宙創成 はじめの三分間」(1977年 ダイヤモンド社)から始めましょう。

この本は、ワインバーグ=サラム理論(弱い相互作用と電磁相互作用を統一する電弱統一理論)でノーベル物理学賞を受賞したワインバーグ博士が一般向けの啓蒙書として書いた、量子宇宙論の先駆けとも言える著作です。

天文少年だった私は、この本の刺激的なタイトルに惹かれ、何度も理解しようと努力したと思うのですが、高1だった私には、まだ歯が立たなかったようです。あれから、40数年。今も、あの頃と大して変わりませんが(笑)、幸い、一般の読者向けに、数式は一切使わずに書かれているので、とりあえず再挑戦です。

 

今日、2021年時点では、宇宙の年齢は137億年程度、事象の地平までの半径は450億光年であると分かっていますが、当時は、宇宙の年齢は100億年から150億年の間、およそ100億年超、地平は300億光年程度と考えられていました。

いずれにせよ、ワインバーグ博士は、その宇宙の始まりを起点として、「最初の三分間」に起こったことを、当時最先端の素粒子物理学の成果をもとにして、描き出して見せたのでした。

 

第5章「最初の三分間」の冒頭、博士は「宇宙進化の最初の三分間にどんなことがおこったかをたどる準備が、いまや私たちにはととのった。」と語り出します。これをもし、イオニアの自然哲学者たちが、デモクリトスが、ガリレオデカルトが聞いたら、どれほど驚喜するでしょうか。

もちろん、100億年以上前の「その時」を誰も見たわけではないのですが、例えば地層の研究が、地球史の解明の間接的な傍証となってきたように、ノーベル賞を受賞した人工衛星COBE(コービー)のプロジェクトやその後継のWMAP(ダブルマップ)などによる、今日の精密な宇宙の観測は、宇宙の始まりからその大規模構造の形成までの歴史を「科学的に」辿ることの合理性を、指し示しています。

また、世界がわずか数種類の素粒子で構成されていた宇宙の初期状態は、素粒子物理学にとっては、宇宙史上、又とない、独壇場でもあったでしょう。本書を、一般向けの啓蒙書として著したワインバーグ博士の意気込みが、ひしひしと伝わってくるような気がします。

 

最初に、本書の重要な資料である素粒子の性質をまとめた表を、掲載します。

粒子 記号 静止エネルギー(100万eV) しきい温度(10億°K) 有効種類数 平均寿命
レプトン フォトン γ 0 0 1×2×1=2 安定
ニュートリノ νe, ν¯e 0 0 2×1×7/8=7/4 安定
νμ, ν¯μ 0 0 2×1×7/8=7/4 安定
電子 e-, e+, 0.5110 5.930 2×2×7/8=7/2 安定
ミュー粒子 μ-, μ+ 105.66 1,226.2 2×2×7/8=7/2 2.197×10-6
ハドロン パイ中間子 π0 134.96 1,566.2 1×1×1=1 0.8×10-16
π+, π- 139.57 1,619.7 2×1×1=2 2.6×10-8
陽子 p, p¯ 938.26 10,888 2×2×7/8=7/2 安定
中性子 n, n¯ 939.55 10,903 2×2×7/8=7/2 920
第1フレーム
0.01秒から0.11秒まで

「最初の三分間」のフィルムのスタートは、実は、宇宙創成から約1/100秒経過した時点となっています。宇宙の温度はすでに無限大ほどの高温から1000億度K(1011度K)まで下がっています。「宇宙は二度とふたたび実現しないほど単純で、記述するのが容易である」と記されていますね。そうなんだ〜、と言うしかないですが、言わば素粒子物理学の勝利宣言のようなものなのでしょう。

さて、この温度では、大量に存在する粒子は、しきい温度が1000億度Kより小さい粒子で、電子、陽電子フォトンニュートリノおよび反ニュートリノ。まだ宇宙の密度が非常に大きいので、ニュートリノでさえ、他の粒子と衝突し合い、すべての粒子が熱平衡で、物質と輻射が分化していないスープで満たされているので、宇宙を充たす輻射エネルギーは、フォトンニュートリノ、反ニュートリノ、電子、陽電子のそれの総和となります。

フォトンのエネルギー密度を1とすると、上の表の「有効種類数」から全エネルギー密度は、フォトン+(ニュートリノ・反ニュートリノ)+(電子・陽電子)で、

 1+7/4+7/4=9/2

倍となり、ステファン-ボルツマンの法則から、1000億度Kでの電磁輻射密度=4.72×1044電子ボルトにこれを掛けると、この時、宇宙の全エネルギー密度は、21×1044電子ボルトとなります。

えっ、これだけ? これが最初の1/100秒のエネルギー密度? ああ、これが「宇宙は二度とふたたび実現しないほど単純で、記述するのが容易である」という意味なんですね〜。

この時点でも、10億のフォトン、電子、ニュートリノに対して1個の陽子あるいは中性子という比率で、ごく小数の核子が存在していますが、典型的な原子核を壊すのに必要なエネルギーは6〜8×100万電子ボルトにすぎないので、複雑な原子核は存在できません。

また、陽子、中性子は、大量に存在する、電子、陽電子ニュートリノ、反ニュートリノと反応して、相互に遷移しています。

最後に、第1フレームの時点で、宇宙がどのくらいの大きさであったかですが、現在の宇宙の周囲を1250億光年とすると、当時の宇宙の温度(1011度K)と現在の観測値 3度Kの比の逆数となるそうです。(宇宙の温度がその大きさに逆比例して下がるため)

またまた、簡単な計算から、第1フレームの宇宙の大きさは、およそ周囲4光年となります。

 3/1011*1250=3.75*10-8

第2フレーム
0.11秒から1.09秒まで

宇宙の温度は、300億度Kまで下がりました。第1フレームから0.11秒経過。温度は熱平衡にある電子、陽電子ニュートリノ、反ニュートリノフォトンのいずれのしきい値よりも高く、少数の核子はまだ原子核に束縛されていません。

第1フレームでは、中性子、陽子は同数でしたが、中性子の方がわずかに重いため、陽子から中性子に遷移するより、中性子から陽子に遷移する数が上回り、中性子は38パーセント、陽子が62パーセントにずれました。

 反ニュートリノ+陽子 ←→ 陽電子中性子
 ニュートリノ中性子 ←→ 電子+陽子

第3フレーム
1.09秒から13.82秒まで

宇宙の温度は、100億度Kです。第1フレームから1.09秒経過しました。温度と密度の減少のため、ニュートリノと反ニュートリノは次第に他の粒子と反応しなくなります。

第1フレームから1.09秒後です。

しきい温度が59.3億度Kの電子、陽電子も輻射の中で再生産されるより、急速に消滅しはじめます。

この時点で、中性子は24パーセント、陽子は76パーセント。まだ原子核に拘束されるには、温度が高すぎます。

第4フレーム
13.82秒から3分2秒まで

宇宙の温度は、30億度Kです。ついに電子と陽電子のしきい温度より低くなったため、対消滅し、これからはフォトンが宇宙の主要な成分となります。

第1フレームから13.82秒経ちました

自由なニュートリノ、反ニュートリノ、電子、陽電子が減少したため、中性子の陽子への転換は緩慢になり、この時点で、中性子は17パーセント、陽子は83パーセントです。

ヘリウムのような安定した原子核が形成されるには、まだ温度は高すぎます。

第5フレーム
3分2秒から3分46秒まで

宇宙の温度は、10億度Kで、これは太陽の中心温度の約70倍に過ぎません。中性子および陽子が、電子、ニュートリノやそれらの反粒子と衝突することはほぼありません。

この時点で第1フレームから3分2秒経過しました。

ここからは、100秒ごとに、残っている中性子の10パーセントが陽子に崩壊していき(※)、この過程で、中性子14パーセント、陽子86パーセントの比率となります。

安定した原子核が形成される条件は整いつつありますが、重水素が不安定なため、まだ十分な数のヘリウムなどの原子核は出来ていません。

※これはおそらく中性子の放射性崩壊に約15分(900秒)かかるためでしょう。つまり次の項の「その少し後」まで、中性子の崩壊は続いています。

その少し後
3分46秒から34分40秒まで

第5フレームの直後、宇宙の温度が(つまりここではフォトンの温度が)ある温度まで下がると、いよいよ原子核合成が始まります。その温度は、核子あたり10億個のフォトンがあるとすると、9億度Kとなるそうです。(※)

第1フレームから3分46秒後です。このフレームまでが「最初の三分間」なのですが、「不正確さを許されよ。最初の三分と3/4より聞こえがよい」から、とのこと。(笑)ノープロブレム!

さて、しばらく(14分ほど)中性子の崩壊が進行した後、中性子−陽子の比率は、中性子13パーセント、陽子87パーセントとなっています。

原子核合成の後では、中性子は実質的にすべてヘリウムに束縛されているので、形成されたヘリウムの(重さでの)構成比は、約26パーセントとなるでしょう。(ヘリウム核子の半分が中性子なので、13×2=26)

※ここで中性子フォトンに比してもう少し多いと仮定すると、フォトンの温度の低下が若干早くなり、原子核合成も早めに始まるので、その時点で残っている中性子が1パーセント程度多くなると考えられ、ヘリウムの(重さでの)構成比は、28パーセント(14×2=28)となります。

第6フレーム
34分40秒から

宇宙の温度は、3億度Kで、第1フレームから34分40秒が経過しました。

電子のうち、陽子の電荷と釣り合うのに必要な数、10億分の1の電子を残して、電子と陽電子は完全に対消滅してしまいました。解放されたエネルギーは、フォトンに吸収されています。

原子核の過程は止まり、核子はヘリウムに束縛されたか、自由な陽子(水素原子核)となり、ヘリウムの構成比は、重さで約26(※)ないし28パーセントとなりました。

残った電子ですが、まだ宇宙は熱すぎるため、安定した原子(水素やヘリウム)を形成するには至りません。

※文中22パーセントとなっているところが、数カ所ありますが、26の誤植でしょうね。

 ☆

その後も宇宙は膨張を続け、冷え続けますが、少なくとも数十万年は特に興味深いことは起こりません。

24万年程経った頃(※)、宇宙の温度は3700Kまで下がり、陽子と電子の再結合が起こり、水素原子が形成されます。この時点から、物質は、星と銀河の形成へと向かい始めるのです。

※本書では70万年となっていますが、誤植かどうか不明です。ちなみに、ビッグバンから38万年頃、宇宙の温度は3000Kとなり、ようやく輻射が納まり、光が直進できるようになったので、これを「宇宙の晴れ上がり」と呼んでいます。

つまり、最初の三分間で形成された物質が、初期の星の形成の材料となったわけですが、ここまでの分析から、それは、26ないし28パーセントのヘリウムを含み、残りのほとんどは水素でできていたと考えられます。

そこで、この初期の物質の構成比が、実際の観測結果とあうかということが問題なのですが、まあ、当然予想される結論ですが、これが観測結果から推計される初期のヘリウムの構成比とピタリと符合したのでした。

これは「宇宙の標準モデルにとってはすばらしい成功」(ワインバーグ)だったと言えるでしょうね。

 

「宇宙創成 最初の三分間」何とか読めました。(笑)

本書の刊行は1977年、その後の研究と観測の進歩はめざましく、いわゆる「量子力学の解釈問題」なども参入して、今ちょっとした宇宙論ブームと言えるかも知れません。

観測技術の進歩によって、60億年ほど前から、宇宙の膨張が再加速し始めていることがわかり(第2のインフレーション)、アインシュタインが晩年「わが人生最大の過ち」と語った「宇宙項」が正しかったのではないかと、見直されたりしているようです。

それにしても、ミクロの世界を記述する素粒子物理学が、宇宙の初期状態を解き明かす様をみて、あらためて、驚きを禁じ得ませんね。

 

では、インフレーション理論の提唱者のひとり、佐藤勝彦博士の言葉で、この記事を終えることにしましょう。

 

「どうして観測の結果が、これほどみごとに、物理学が予測する結果と合致するのだろうか」( 佐藤勝彦著「インフレーション宇宙論」より )